中国民話の例会


会の趣旨と活動について

中国民話の会は、中国の口承文芸に関心をもつ人たちの参加している研究会です。
「民話」(中国語の「民間故事」、昔話、伝説、世間話、神話などをふくむ)のほか、中国で「民間文学」あるいは「民間文
芸」と呼ばれる分野(歌謡、諺、民間芸能などをふくむ)から、さらに民俗学や民族学にわたる領域も、関心の対象となって
います。会員(現在80数人)の構成は、大学などの研究機関に所属している人が多数をしめていますが、おなじ分野に関心を
もつ一般の方の加入も歓迎しています。以前には、会として調査旅行をおこなった時期もありましたが、近年は各自の報告な
どを中心とする年に数回の研究会を開き、関連記事や小論文を掲載するため、年4回の『中国民話の会通信』(B5版30ページ
前後)を刊行しています。(「中国民話の会」HPの紹介文を引用しています)

〒192­-0397 八王子市南大沢1−1
首都大学東京 人文社会系 木之内 誠 気付
中国民話の会(tel:3264-9634)

「中国民話の会」ホームページURL http://minwanokai.com


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例会活動の報告

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中国民話の会1月例会のお知らせ

日時・場所

2009年1月25日(日)午後2時 14時から17時
明治大学和泉校舎リエゾン棟2階会議室(京王線明大前駅下車、改札口を出て右手に歩き、甲州街道を歩道橋で越えると校舎
正門があります。まっすぐに行き、第一校舎手前を右折したつきあたりがリエゾン棟です。当日は建物裏手の階段から上が
り、2階入り口より会場にお入りください・当日張り紙します)
発表者
上田信氏(立教大学教授・認定NPO法人「緑の地球ネットワーク」世話人)

題目
木を植えることだけが緑化協力ではない〜中国で活動する日本のNPOの経験から見えるもの〜

発表要旨:「ひところの日本の環境NPOは「砂漠に緑を」といった方針のもと、植林した面積
を競うようなところがあった。
しかし、砂漠化は砂漠としてだけ現れるものではない。
実は、眼に見えない形で、深く広く大地を蝕んでいる。流入人口増と生活水準向上による水需要
の増加、河川流域で展開する都市向け野菜の増産による灌漑用水くみ上げ、そして河川上・中
流域における植生の劣化、これらの諸要因が重なり、地下水位は減少の一途をたどり、まもなく
真水の帯水層が枯渇、塩分を含む水しかくみ上げられない状況に陥ることが予測されている。N
PO緑の地球ネットワーク(略称GEN)は、砂漠ではなく、人口の多い山西省の黄土高原において、
植生の回復に取り組んできた。活動のプロセスは失敗と模索の連続であった。その足取りをたど
りながら、日本に住む私たちにも無関係ではない、中国の環境問題を考えたい。


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*中国民話の会7月例会のお知らせ*

日時:7月13日(日) 午後2時〜5時
会場:法政大学 富士見校舎
ボアソナードタワー25階 B会議室
*JR市ヶ谷・飯田橋 各駅から徒歩10分

題目:「雲南チベット族の生態環境を巡る言説─ドキュメンタリー映像から・上映と討論」

例会要旨:
雲南省西北部の梅里雪山の主峰カワカブ峰の氷河の下に住むチベット族の人たちの、
生態環境とその変化を巡る言説について、郭浄氏(雲南社会科学院白瑪山地文化研究中心)が
企画したドキュメンタリーを見ながら検討する。郭浄氏はビデオカメラを社会教育の道具と捉え、映像
のプロではない現地の人が自ら撮った映像を重視する。そこに映る自分たちの暮らしをあらためて村の
仲間と共に見る行為と併せ、ドキュメンタリー映像は変わり行く環境やコミュニティの姿を自己認識する
手段となる。藤岡朝子氏(山形国際ドキュメンタリー映画祭コーディネーター)をゲストに招いて郭浄氏
の活動と彼自身の作るスケッチのような映像作品を紹介し、上映する(英語・中国語字幕・通訳なし)。


上映予定作品:
● 『登山者』(Mountaineers) 2005年・Azara Visual Workshop・40分 撮影・作:郭浄(Guo Jing)
チベット族が聖なる山と敬うカワカブの登頂を目指し、1991年に遭難した日中山岳隊の遺体・遺品が
氷河の動きにより8年ぶりに地表に現われた。京大山岳部の小林尚礼氏は氷河のふもとにある明永村
に長期滞在し、村人の協力を得ながら遺体回収を行なう。聖山と水源の穢れを取り除く作業だから、
山がきっと事故から守ってくれる、と村長は言う。
● 『冰川』(Glacier, 氷河) 2002年・Team for Participatory Video Education・31分
撮影・企画:扎西尼 (Zhaxi Nima)明永村の村人がビデオの使い方を教わり作った習作。聖山の巡礼者、
観光客や中央テレビ局の取材陣、旅行会社の社長、村の長老たちなどにカメラを向け、観光化によって
変わり行く生態環境、地球温暖化と溶け始めた氷河の現状についてのそれぞれの考え方を聞く。
● 『野花谷』(Flower Valley) 2005年・Azara Visual Workshop・22分
撮影・作:郭浄(Guo Jing) / Tshe Ring Sgrol Ma 聖山カワカブの巡礼中、2人の老婆とおしゃべりを
しながら道中を共にする。穴に落ちた蛙を救い出したり、蟻に話しかけたり、木陰から表れたお化けの話
などを聞く。そして突然色鮮やかな花の咲き乱れる草原に出る…。
おまけ上映● 『南林村的歌声』(Song of Nanlin) 2004年・19分 作: (Miao Qingdong)
雲南省元陽の哈尼族(アカ族)の小さな村。ある晩、長老たちが伝統的な哈尼族の歌を歌い始めると…。


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中国民話の会2008年3月例会

2008−3-9 於.法政大学大学院校舎

発表者:あだちがびん 氏(民俗写真家) テーマ:「チベット紀行――“天空”列車で仏都・ラサへ!」


「中国民話の会」3月例会は、写真家のあだちがびんさんに発表をお願いしました。

あだちさんは昨年の夏、開通間もない天空列車、青藏鉄道でチベットへ旅行されたのです。
鉄道開通によるラサ周辺の激しい変貌ぶり、善男善女30万人が集まった(といわれていますが、実際はそんなに多くないよう
な)近郊のデプン寺「ショトン祭」のマンダラ「タンカ」開帳の熱気などを中心に、旅行の見聞をお話しいただきました。

興味深かったのは、ラサの観光地商売と、漢族相手の生活物資の豊富さです。外国人向けの気の利いたカフェとホテルが建ち
並び、市場にはチベットには本来ない高級茶葉や昆布、海鮮があふれかえっています。

今回のチベット騒乱の事件について触れないわけにはいけません。このラサの風景は非常に示唆に富むものだと思いました。

青藏鉄道の開通は、内地の人々にとっては絶好の商機であるのはいうまでもなく、たくさんの商人が西藏自治区に殺到し、投
資し、ビジネスをはじめています。

そんな内地からの商人の進出と、過熱する商業が、当然の帰結として、漢族を中心とする入植者や投資者と、チベット族との
間に軋轢を生じたことは想像に難くありません。

内地から見れば、青藏鉄道は商機をもたらす富への道で、チベット族からみればますます中華人民共和国の統治システムから
逃れがたくなる楔であるという側面もあることは否定できません。

青藏鉄道の建設は、チベットを豊かにすることで、チベットの安定を図ろうとする中国共産党の意図があることはたしかなの
ですが、オリンピック前に過熱する商業状況が、いっそうチベット族の不満をもたらすことは想像に難くないはずだったので
した。

チベット族の騒乱は、西藏自治区・四川省・甘粛省にまで広がっているのですが、中国側はダライ・ラマを非難し、ダライ・
ラマはそれに対して割合穏健な発言をしていることが対照的です。これが中国政府とダラムサラ側との対立の図式で単純に捉
えることができないことはもちろんで、あるいは、ダライ・ラマでさえ押さえることのできない若い世代のチベット僧侶の怒
りが蔓延しているとみたほうが自然ではないでしょうか。欧米諸国の意図よりも、この点がより深刻な問題でしょう。

人間はたんなる欲望的動物ではないのですから、「経済的豊かさ」が国民統合の要になると考えるのは、人間認識の不足を指
摘されて仕方がありません。

ましてチベット族は敬虔な宗教信仰に生きる民です。文化大革命の仏寺・仏像など宗教文化財の破壊に対して、中国政府があ
れだけ熱心に補償を行ったのは、そのような精神的側面の重要さを認識していたからのはずです。

たしかに、外界と無縁で自存するような文化や社会があり得ないことも事実です。しかしながら宗教文化というものは、その
精神の志向からして、自存性・自律性を強く求めるものです。

二年ほど前、雲南北部の梅里雪山にいったことがあります。

雪崩で遭難した日中合同登山隊の慰霊碑について、地元のチベット族は「侵略者の墓」と呼んでいました。主峰カワカブ
(6740m)・「白い山」の意味を頂点に20もの雪峰が並び立ち、あたかも屏風のように、インドからのモンスーンを受け止め、
大量の雪を里に降らす雪山は、「聖山」そのものです。その恵みが氷河の下で豊かな牧草地をもたらし、豊かな耕作地を生み、
清らかな生活水をもたらしていたのです。そのような自存する生態環境が破壊されたとき、現地の人々はその解釈を地球温暖
化の所為ではなく、聖山が穢されたことに求めていたのでした(小林尚礼著『梅里雪山─十七人の友を探して』東京:山と渓谷
社、2006年が参考になります)。

精神的側面で自存自立を目指す宗教的世界は(これはいわゆる「チベット独立」という政治的な問題とはまったく別の問題で
す)、第三者の接触や介入によって容易に崩壊への危機に至るわけです。チベット族の人々が心に抱える懸念は、その点にあ
るのではないでしょうか?。経済的豊かさを確保すれば不満が収まるという話ではまったくないのです。

青藏鉄道の建設が、チベット族にとって危機感を感じさせてしまうと思われるのは、まさしくこのような理由に拠るものと
思います。

今回の騒乱を考えるヒントが随所にあだちがびんさんの写真に隠されているのだと、強く感じました。



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中国民話の会2007年12月例会

2007−12-23 於.法政大学市ヶ谷校舎

発表者:邱 奎福 氏 テーマ:「改革開放後の中国の戯れ謠」

このたび会員の邱奎福さんが『現代中国風刺詩事情 戯れ謡で読むほんとうの中国』(小学館、2007年10月、1470円)を上梓
されました。
『不都合な事実も笑いへと昇華させる、旺盛な批判精神に満ちあふれた現代中国の戯れ謡をたっぷりお楽しみください』(本
書中の邱さんの言葉より)とのことです。
高度成長を続ける中国ですが、経済格差、環境、人口などの難題をも抱えています。名もない庶民が日々の暮らしの中で感じ
る不平や不満などの気持ちが戯れ謡に込められています。
現代中国の戯れ謡について、現代中国での戯れ歌の社会的背景、流行の諸相、民衆の批評精神などについて、著者の邱奎福さ
んに話していただきました。いくつかの謡を実例としてあげていただき、その言葉遊びとしての面白さや、謡が諷刺する現実
社会の諸問題について解説していただきました。
中国で戯れ謡というのは、「繞口令」(ラオコウリン)という掛け詞遊びの類に属し、節を付けて謡うといったものではない
のがほとんどとのことです。
歴史的には、中国では朝廷が政治状況を民衆がどのように捉えているのかを知るために、この種の流行歌を収集してきた側面
もあります。邱さんも第一に取り上げられていますが、『詩経』の「大鼠」の謡が、民衆を搾取する支配者の横暴を謡ったも
のであることは有名です。今日でも共産党の機関誌である『人民日報』などでも、この種の諷刺詩が掲載されることもあり、
政府も批判すべきは批判すべきと考えている汚職問題などは、「民の声」として認知されることもあるといえます。

このような民の声の社会的位相もあって、このような戯れ謡文化も成立している訳ですが、基調は不条理な現実に向かっての
民草の嘆きであることは、いうまでもありません。

民草はといえば、皮肉を言ったり、諷刺をしたりするのですが、現実が皮肉や諷刺の通りであるわけですから、「笑えない」
戯れ謡が多いと思います。この種の戯れ謡は、ブラックユーモアではあるわけですが、「笑えない現実」を読者を再認識させ
る装置なのではないかと思います。「笑っていられない笑い」という逆説を、私はこの本を読んで強く感じました。あるいは
諷刺によって、日常から身を引き離し、現実を見つめる距離を獲得するともいうべきでしょうか。

「はじめは笑って、あとでだんだん笑えなくなり、最後には沈思黙考」

というところが、中国の戯れ謡を読んでの私の感想です。

なお、このHPでも「エッセイ・アジア映画・アジア本」のコーナーに本書の書評を載せておきました(内容は多少かぶりますが)。