いつもこころに唄を─牧岡奈美さんの「諸鈍長浜」

2007-09-27

「いつも心に唄をもとう!」
と思ったのです。
どんな苦しいとき、哀しいときでも、心の中に唄があれば生きていけるのではないか、と思いました。
けっして大げさなことではなくて、そういうとき、他人を頼りに生きるよりも、自分だけが支えなわけですから、意志とか、
忍耐とかというよりも、案外、唄一つ心に持っていることが、生きる力になるのではないか、と考えました。
べつに今の人生が辛いわけでは全然ないのです。でも、辛くなったときの備えに、明るい唄を、希望のもてる唄を、一つ心に
刻みつけておこうと思いました。
変な話ですが、将来、戦争か何かが起こって、捕虜として抑留されたときの備えに、強制労働に従事しながらでも、心に唱え
る唄、というようなことです。

内心の自由としての唄。

そんなことで、昨日の記事で触れた、牧岡奈美さんがアルバム『南柯』のなかで、天衣無縫の唄声で唱う「諸鈍長浜」を、彼
女が唱うままに、アルバムの歌詞表記をもとに、私の耳にこのように聞こえるという感じで書き留めてみました。
もちろん暗記して心に植え付けるのです。
このつきぬけるような明るさを、いつまでも、心に灯しておこうと思いました。


以下書き留めた歌詞です。
「諸鈍長浜」
(牧岡奈美『南柯』JABARA Records 2005)


[やれい] 諸鈍(しょどん)ぬ[う]長浜に

 打(う)ちゃ上(あ)ぎ引(ひ)く[うう]

 波(なみ)や[いや]
 ヒヤルガエー


    [はれい]諸鈍(しょどん)ぬ 美童(みわらぁああ〜びい)ぬ

 笑(わら)い歯(ふぁ)[〜]茎(ぐき)
 ウセ ヒヤルガエー


[やれい]諸鈍(しょどん)ぬ[う〜]美童(みわらぁび)ぬ
 
 雪(ゆき)ぬよな 歯(ふぁ)[ああ〜]茎(ぐき)[やれ]
 ヒヤルガエー


[はれい]いつか夜(ゆ)ぬ暮(く)りて 御口(いくち)吸(す)おか

ウセ ヒヤルガエー



歌意: 諸鈍長浜に打ち寄せ返す波は、

諸鈍の乙女が笑ったときの歯のように美しい。

諸鈍の乙女の雪のように白い歯をみると、

早く日が暮れてくちづけをしたい。

(『南柯』森田純一さんの紹介から)



森田純一さんによれば、「諸鈍は加計呂麻島の一集落。(中略)15世紀から1609年までつづいた琉球時代、諸鈍に駐留した
首里の兵士が歌い始めたという説もある」とのことです。


なお、道の島農園 村山裕嗣さんのサイト「喜界島の島唄」に牧岡奈美さんの師匠の唄者、安田宝英さんの「諸鈍長浜」が
ありますが、師匠と弟子で、唄い方が全然違うことに気づきます。それがなにを意味するかは、喜界島の島唄事情が関係し
ているようです。