「流動性」という戦略─「雲之東フォーラム」その4

2007-10-22

「雲之東フォーラム」の紹介も第5回目になってしまいました。
14日最後のセッションは、「雲之南映像展」のコーディネーター、雲南大学人類学部大学院楊昆先生、ドイツ・キール大学大
学院生、易思成さんに、これまで三回にわたり企画された映像展を紹介していただきました。
「雲之南映像展」は、昆明で開催されてきたドキュメンタリー映画祭です。
三回目、易思成さんがコーディネートしていた際、今年4月、開催二週間前に当局から開催不許可となりました。
ドキュメンタリーは現実を映す鏡ですから、その映像を公開することが、当局に警戒されることは当然想定されます。
易思成さんたちは、臨機応変に、雲南省西部の都市、四千メートルの雪山の麓に、明珠のような湖が広がる大理古城で急遽映
像上映会を開くことにしたのです。場所は四つある城門のうち、東門の楼閣のなかでした。

ちなみに、私の雲南にある自宅は大理古城の中にありまして(いままで黙っていましたが、「大理草堂」旅館を経営していま
す)、すぐ近所でありましたので驚きました。

ここで映像作家と評論家やコーディネーターが集まり、作品を見ながら熱い議論を戦わせるのでした。胡新宇監督は評論家の
批評言語の貧困さを罵倒し、評論家は怒って退出など。

楊昆先生はこの映像展の特徴を、「流動性」という言葉で表現します。
サブタイトル、コーディネーター、場所など、臨機応変の柔軟な対応をしているということで、言論の制約があるなかの、表
現のための戦略であるともいえます。

楊昆先生が言われるように、西欧映画の手法を輸入するでもなく、中国流に固執する訳でもなく、東西南北の風をすべてうけ
いれるという「雲之南」映像展の手法は、多民族地域、雲南という場所の柔軟さ、ということと、映像表現の可能性が、政治
の中心である北京や上海から離れた辺境性ということも含んでこの土地のもつ特質にも支えられているのではないかと思いま
した。

「辺境こそ、中心である」(奄美「本処奄美庵」主人森本慎一郎氏の言葉)
といってもいいかも知れません。