書評:小林尚礼著『梅里雪山─十七人の友を探して』
東京・山と渓谷社、2006年

2007-10-25


「聖山カワカブとの対話の書」


1991年1月3日、雲南省西北部梅里雪山(主峰カワカブ=白山の意、標高6740m)、登山中の日中合同第二次登山隊は、C3で大
雪崩に遭い、京都大学学士11名と、中国側登山隊6名の全員が遭難死しました(この事故以前すでに1989年の第一次登山も失敗
に終わっています)。
著者の小林尚礼さんは、失敗に終わった1996年の第三次登山隊の隊員で、帰国後会社を辞めてフリーのカメラマンをしていま
す。
先日、明永村で地元村民の手による映像記録活動を組織している人類学者、郭浄先生にお会いする機会があり、小林さんが遺
体収容の作業を経て、村人の信頼を得ていった話を聞きました。
その小林さんの著作は手元にありましたので、今読むべきだと考えました。

本書は、第二次登山隊十七名の遺体収容を毎年続けてきた記録です。死者との対話であり、遺族との対話であり、なによりも
現地のチベット族の人々と、聖山カワカブとの対話の書といえます。


     梅里雪山カワカブ峰
       (川野撮影)


遭難者の遺体は氷河とともに流れ落ち、1988年に麓の明永村の農民が放牧している際に遺体を発見しました。この遺体収容の
作業は、しかし簡単にはいきませんでした。

水源汚染の責任をとって村人が補償金を要求したのです。天災が起き、村の安寧が乱れたというのですが、その訴えは、じつ
に村人の心の 不安を率直に語り出していたのでした。
交渉途中でも村人は遺体収容に参加してくれるのですが、不浄の遺体を、けっして体に触れないように十人分の遺体を運んで
くれたそうです。聖山に登り、それを足で汚し、しかも死の不浄で汚した者に触れるわけにはいかなかったのです。
本書は、現地民の信仰の対象である聖山に登るという近代登山の原罪に触れた著作でもあるのです。

著者は次のように問いかけます。「聖山とは、そこに生きる人々が、自らの存在を賭けて信じているものである。外から来る
人間が、登山のためにその信念を踏みにじることが許されるだろうか」(244頁)。



「聖山カワカブと氷河にまつわる伝説」

翌年の二度目の遺体収容で、著者は村長に歓迎されます。最後までキャンプ地のゴミ拾いをしていたということが、信用につ
ながったとチャシ村長はいいます。
明永村に暮らした著者は、氷河の溶水を飲んで暮らす村人の生活を見聞し、登山隊の遺品や遺体が水を汚していることに胸を
痛めます。


    巡礼起点にある飛来寺



チャシ村長は「カワカブに登ることは、誰であろうと許さない!」といったそうです(79頁)。

「聖山とは、親のような存在だ。親の頭を踏みつけられたら、日本人だった怒るだろう。俺たちチベット人がなぜ命を賭けて
カワカブを巡礼するかわかるか!」(80頁)

本書にはこのような現地の人々の声が率直に書かれています。

あるおばあさんは、「外人がきてカワカブの写真を撮ろうとするから、雨が降るのじゃ」と著者に告げています(96頁)。

ある老人は「日本国家は今後カワカブに登らないでくれ。登る者は死ぬだろう」といったそうです(124頁)。

この言葉を裏づけるかのように、カワカブには伝説があり、山の懐に隠れた湖があり、その水は牛乳のように白く、よく
ないことが起こるときに出現する。登山隊の遭難の時も、湖を見た者がいると語る老人もいます(126頁)。

また、最奥の村雨崩村では、百年前の話として、一人の白人が村に来て、草花や樹皮を収集したが、白人が帰ったあと、
山の植物はすべて枯れ、以来外人は泊めてはならないという決まりができたといい、プラントハンターについての伝承も
あります(192頁)。

明永村の伝説では、イギリス人が村にやってきて、氷河の端でたき火をした。チベット人にとって大切なバターを火に投
げ入れてから、氷河はどんどん後退するようになったといいます(192頁)。

外来者がカワカブと氷河を汚し、それが原因で生態環境が破壊されたという伝説が、この土地には語り継がれ、それが登
山隊の遭難のあと、村に天災が起きて、家畜が死ぬというカワカブ神の祟りを引き起こしたとされています。

五十年前のマナスル登山の際にも、麓のサマ村で病気や事故が相つぎ、登山への反対が起きたといいます(244頁)。

つまり、カワカブの懐に抱かれた村人の生活は、外来の者が来ることによって容易に生態のバランスが崩されかねないとい
う状態、つまり完結し、循環する体系のなかで営まれているということにほかなりません。
外来の者は、けっして歓迎されるまれびとなのではなく、しばしば不浄と汚染をもたらす歓迎すべからざる者であるのです。



「聖山とはなにか?」


著者の関心は現地の人の心の世界を知ることに注がれています。
本書は、「聖山」とは何かという思索が一貫して流れ、梅里雪山から聖山カワカブへと、雪山が著者にとっての意味づけを変
える過程を描いているといってもいいでしょう。
また、はからずも雲南西北のチベット族の人々の暮らしを知るに最適な民族誌、宗教信仰誌ともなっています。
著者は現地の人々と暮らしていくうち、カワカブにまつわる伝説に興味をもつようになりますが、現地の人々が雪山ととも暮
ら すなかで、どのような心をもって生きているのかを伝えるために、今後も現地の伝説を集めてくれれば、民間伝承から生態環
境を語り出す興味深い仕事ができるのではないか、という期待が本書を読むうちに高まってきました。

著者は、親に等しいカワカブへのチベットの人々の帰依の心を知るため十日間の巡礼を行い、その後正月の祭りにも参加し、
村人と暮らしを共にします。チベット人がカワカブに対して行う三度の巡礼も行っています。


五月下旬、麦の収穫
六月初、トウモロコシの種まき
六月半から十月半、雨季
晩秋、トウモロコシの収穫


明永村は麦が豊富にとれる豊かな村で、栄養の豊富な堆肥を産み、麦とトウモロコシの二毛作が可能で、一方雑草やトウモロ
コシの茎は、豚やヤクと牛のこう配種「ゾッ」の餌になるそうです(130頁)。
循環型の農牧業が成り立っているのは、一つの完結し、自存した世界がここに展開しているからでしょう。

雪山、氷河、森林、乾燥地とつづく鮮やかな垂直分布、森とその中に隠された道と放牧地・・・(256頁)。


カワカブ峰を頂点とした垂直分布
     (川野撮影)


「高峰に季節風がぶつかって大量の雪が降り、氷河と森がつくられる。その氷河の水と森の幸によって、乾燥地に暮らす人間
が生かされている。つまりカワカブが生き物を育んでいるのだ」(256頁)

メコン川を隔ててカワカブの対岸に立ち、著者はこのような自然の仕組みを見届けます。生死の循環、生命の連鎖を感じたと
き、聖山とは何かという、著者の問いかけに答えが浮かびます。

「聖山とは生命の源である」(279頁)。