書評:遊佐昇・野崎充彦・増尾伸一郎編集「講座 道教」第六巻『アジア諸地域と道教』
雄山閣出版、2001年10月
(原載:日本道教学会『東方宗教』第99号、2002年05月10日発行)



2002-05-10


『講座 道教』は本巻を以て完結の運びとなった。本巻はいわば中華世界の周辺地域から、アジア諸地域の道教の受容と変容
の様相が考察され、道教を事例としてアジア諸地域を中華世界との関わりから総合的に通覧するといった視点からも読まれ得
る一書である。
評者に与えられた課題は本書前半所収論文の論評であるが、本書の前半部はT「敦煌と道教」、U「中国少数民族と道教」、
V「東南アジアと道教」の各章に以下の論文順各二篇を収めている。

遊佐昇「敦煌と道教」

遊佐論文は「道教を中国社会の中にあるもの」として見る意図から敦煌を取り上げ、前半では、敦煌に移住した漢族が、中国
固有の神格を持ち込み、道教的経典を供養のために敬写し、さらに杜光庭『道教霊験記』の記事から道士が病人に対して医療
行為を行うなど、敦煌の地域社会との関わりについて述べられている。
論文後半は董永伝説と、その息子董仲への信仰について取り上げる。評者の関心では董永伝説は、現在の漢族社会の中にはほ
ぼ伝承が伝わらず、華南地方の少数民族に伝わる伝承であり、中華世界の周辺部に残る民間伝承の様相を知る上で興味がある
が、遊佐氏はむしろ董仲信仰が唐末から五代にかけて蜀の地にも存在していたとし、その敦煌への影響を示唆される。漢族文
化からみた辺境地域はともすればその周縁性が強調されがちであるが、遊佐氏の論考はむしろ敦煌を「唐、五代期の中国社会
の広い地域に当てはめて考えうる」当時の宗教状況の一事例として捉える可能性を強調される。この点評者にとり自身の予断
を反省させられる指摘であった。

荒見泰史「敦煌の文学文献と道教」

荒見論文は、敦煌文書の道教研究における有用性と資料的価値を論じることに主題が置かれ、紹介の少ない韻文テキストの作
品分野に絞り、『渉道詩』『玄象詩』『唐人選唐詩』の三点について要領を得た解説をされる。『渉道詩』の道教研究上の価
値の言及だけでなく、荒見氏はその作者の推定に関わる問題に大きく踏み込み、『渉道詩』の「李翔」という著者名が、従来
の説である「唐高祖九世孫莆田尉李翔」ではなく、中唐の文人李翺の誤写である可能性を指摘する。作者を李翺に比定するこ
とは、李翺の道士との親交や地方神の祭祀、養生術への関心など、『渉道詩』を理解する上での生産性から、荒見氏が敢えて
指摘する論点である。『玄象詩』は従来の天文書としての評価のみならず、荒見氏は「天上の天皇大帝が住むという紫微宮殿
を体系的に描写する、おそらく現存最古の資料である」とし、道教研究上の利用価値について、傾聴すべき指摘をされている。

吉野晃「ヤオ族と道教」

吉野論文はタイに居住するヤオ族の民族集団ミエンの道教儀礼体系を取り上げる。ヤオ族は焼畑耕作を主な生業とする山地非
定住民であるが、漢字に代表される漢文化がヤオ族のアイデンティテイを支える重要な要素として機能している。ヤオ族の道
教は北宋期の天心正法の影響が強いが、閭山、梅山の二大教派の影響も強く伺われ、道教の受容には歴史的に重層性をもつこ
とが指摘される。ヤオ族の宗教的職能者は、兼業であり、儀礼知識を管理する専門家集団は存在しない。むしろヤオ族の宗教
儀礼の知識は開かれた体制の下で習得され、開かれた体制のもと、すべての成年男子が祭司叙任儀礼である「掛燈」を受礼す
ることを義務とされ、女子も参加すべきとされるが、吉野氏はこれを「総体的祭司制」として概念化する。
ヤオ族の道教受容の在り方は、ヤオ族自身のアイデンティティの維持に深く関わっている点で大変興味深い。中国国内の少数
民族では、ナシ族、白族などは漢文化を、科挙制度に代表される中華世界の政治的秩序への積極的参与という文化的戦略とし
て受容している側面があるが、生活形態の上でも漢族とは一線を画するヤオ族は、却って自身の民族文化のなかで道教的儀礼
体系と信仰を自律的に展開している。道教の民族伝統への自己化ないし内在化という点で、ヤオ族は際だっており、吉野氏が
概要のみに紹介を留めざるを得なかったその膨大な儀礼体系は、ヤオ族内部での道教の展開がいかに複雑多様であったがが窺
われる。

謝茘「四川の民間信仰と道教――漢族と少数民族の宗教的職能者の『陰』、『陽』祭祀儀礼――」

謝茘氏は四川省漢族について行った長年の調査に基づき、前半で現地漢族の宗教的職能者の活動と儀礼体系を概説し、後半で
先行研究を慎重に引用し、羌族と四川東南部の土家族における宗教職能集団の儀礼を取り上げ、比較的に論述されている。

謝茘論文は、四川省を中心とした地域研究の範囲で、漢族と少数民族の間の相互影響的な宗教内容の様相を見いだしている。
評者は本書について道教を手掛かりとして、中華世界とその内部に含まれる周辺地域との関係性について主題化した点を評価
するものであるが、謝茘氏の論考は、少数民族の事例は先行研究に依拠するという制約があるものの、かかる関係性をまさに
四川という区切られた地域の内部で、漢族、少数民族両者に関りつつ研究成果を示したものとして評価したい。
今日の研究動向では漢族研究、少数民族研究という学問領域自体が流動化されており、謝茘氏が四川省の非漢民族の宗教研究
を今後とも深化されることを期待したい。

大西和彦「ベトナムの道観・道士と唐宋道教」

大西論文は、ベトナムにおける道教の受容を、唐、宋代の影響を中心に論じ、断片的な資料からベトナムの道教受容史を再構
成するという困難な課題に取り組まれている。唐代の崇道政策の影響が、陳朝期の『粤甸幽霊集』にみる唐代官僚の道観建立
の神話を形成するなど独立期ベトナムにまで強い影響を与えていたこと、さらに道教受容が一方的な受容ではなく、陶天活に
みられるように安南人道士が唐代の長安で活躍したように、双交流的な側面があったことなど、興味深い指摘がなされる。
また大西氏は南宋建国期の動乱による宋人の南下が李朝期の道教の受容の契機であるとされており、吉野論文のヤオ族の事例
とともに、中国道教の周辺地域への受容の重層性を指摘されている。

板橋明美「マレーシアのマレー人農村にみる『癒し』の文化――養生法から大ボモ<偉大な治療師>まで――」

板橋論文はマレーシア、ケダ州のマレー人の身体理論の概要を示す。マレー人の「癒しの文化」は、村人の養生法、伝統医と
近代医、大ボモと呼ばれる治療師の呪術治療に三分される。養生法は熱冷、フウ、気(セマンガット)などの理論があり、
「個人の身体と環境との相互作用」に関わる「適応の次元」である。専門医は「身体的個人的治療の次元」であり、大ボモの
活動は「コミュニケーションの問題を改善する共存の次元」を担う。板橋論文は、マレー人の身体理論から道教的な身体観と
の対比、参照の可能性を提示しており、道教的な身体観を外側から見る視点を提供している。マレー人の気(セマンガット)
の観念と道教での気が比較され、大ボモを理想とする養生法の実践は、道教の不老長寿と神仙への憧憬と比較される。
板橋氏によればマレーシアの養生法はインドとジャワの影響を受け、バラモンの影響を受けたといわれる道教との共通点があ
る可能性がある。この意味でもマレー人の身体観と道教的身体観は比較研究が可能な対象であろう。養生法の内、熱冷の二極
の平衡を重視する点は、道教的な身体観とも近いと想像されるが、両者の身体観の比較をさらに詳しく書いて頂ければ読者に
は一層理解しやすくなったであろう。

最後に道教研究界が、これまで積極的に多くの研究入門書、概論書を出版し、研究成果の社会的な還元に務めてきたことは、
日本における中国研究に関わる研究領域のなかで、道教研究界が有する大きな特徴として強調されてよいと思われる。
本シリーズが、既刊の『道教事典』(平河出版社、一九九四)『選集 道教と日本』(全三巻、雄山閣出版、一九九六−一九
九七)などと密接に内在的関連を保ちつつ、啓蒙的な意図も含めて体系的に継続して出版されたものであることは、かならず
しも道教研究を専門分野とする者ではない評者の立場(中国民俗学)からみて、まことに驚くべきことと感じられる。
『講座 道教』全六巻はその意味で中国に関わる他の研究分野にとっても大きな刺激を与える事業であるといえ、その点で野
口鐵郎氏をはじめとする編者の方々に敬意を表したい。