花を売るの記

(原載:『おしゃまんべキャンパス理科大だより〜富野の丘から』第42号、2005年4月 東京理科大学長万部事務部) 

2005-4-10

私の妻の実家は、中国も西南のかた雲南省、大理という小さな古城にある。チベットとビルマにも近く、かつて唐代の南詔
国、宋代の大理国の王都があり、四方を四つの城門に囲まれた、城壁都市である。大理の地は雪を頂く蒼山連峰の麓、海抜
二千メートル、高原の明珠と頌えられる雲南第二の湖、じ海の周囲に開けた盆地で、漢民族のほか、チベット系の白(ぺー)
族、イスラーム教を信奉する回(ホイ)族が、村を分けて住む。

古城の住民は、漢民族が多く、妻の家は、清初、江蘇省の淮南(わいなん)から辺疆防衛のために移住し、現在十二代目を数
える。代々軍人の家で、岳父、楊鵬挙は若い頃従軍して後、五十五歳で退職するまで、筆職人をしていた。
岳父は七十になるが、伝統戯劇の一くさりを唄ったり、一族の伝統に倣って武芸を嗜んだり、書の練習を欠かさず、詩句もひ
ねり、多芸な人である。その父が生涯最も力を入れた趣味が、鉢植えを育てることで、父祖代々の土地には、中庭いっぱいに
紅鮮やかに、椿、山茶花、つつじ、牡丹が、穏やかな高原の空のもと、年中絶えず咲き競う。

今日は街で週に一度の市が立つ。父と母は、街道沿いの孔子廟(文廟)の門前に露店を出す。市の立つ日は、周囲の農村から
白族や回族などの農民が生活物資を買いに来る。主なお客は農民たちで、農村は庭が広く、鉢を並べる余裕もある。最近の観
光ブームで、各地から来た観光客もよくひやかすが、鉢植えの重さを嫌い、買う者は稀だ。そのくせ、木瓜(カリン)の実が
たわわに実ると、立ち寄って写真だけは撮るのである。
今日の商売はいい方で、午後になると小鉢はほとんど売れた。母も客の相手に忙しい。しかしかつては毎日飛ぶように売れた
鉢植えも、九十年代半ばくらいが売り上げのピークで、最近は同業者が急増し、売り上げは減っている。国営企業の改革で、
レイオフされた人々が、この種の商売に転じたのだ。我が家は老舗なので、親しいお客も多いが、ひとの良い父は、いつも我
が家を訪れるお客に、「この商売は売れるから、やってみたらいいさ」などと勧め、育て方まで教えていたので、売り上げ減
少の責任は父になくもない。

最近、我が家は父の丹精込めた草花を生かして、旅館をはじめた。父がつけた名は「草堂」という。名はその実に副(そ)い、
白壁作りの伝統民居の中庭に、馥郁と匂いを散らす花々は、買い手に出会うも稀にはなったが、代わりに我が家に一宿求める
客を招くのには大いに役立っている。