山西省磧口の「毛鬼神」─秘密祭祀される財産の神様

2007-09-16

今年の春、中国北部、山西省と陝西省の間にある黄河沿いの港町、臨県というところにある磧口という古い街を訪れました。
この街は対岸の陝西省側への渡し口で、各地から山西省へ運ばれてきた貨物の荷下ろしをした場所で、水運交易で清代以降と
くに発展した街です。

地元の郷土史家、王洪廷氏の著作『磧口志』(山西経済出版社、2005年)にこんな記事が載っていました。
特定の家庭内で秘密裏に祭祀される財産の神様があり、それを「毛鬼神」(マオクゥイシェン)というのだそうです。

 「磧口の民間の伝説では、家財神という財神もいる。けれどもどの家でもおおっぴらには祀ってはいない。
   伝えるところによると、家財神は毛鬼神である。磧口一帯の目の不自由な語りもの芸人たちの話本である
 『張四姐がこの世に降った話』(原題『張四姐下凡』では、このような話である。
 仙女張四姐がこの世に降りてから、崔文瑞と連れ合いになり、妊娠して母君の西王母に気づかれ、
 天宮に連れ戻されそうになる。四姐は崔文瑞と離れがたきを忍び、しかたなく南天門(天宮の入り口の門)
 で腹を割いて子供を取り出し、この世に戻らせた。
 『紅い門があればそこに入りなさい』(『紅門就進』)といったが、紅い門は廟のことで、廟の神様に
 なりなさいということだった。しかし、子供はこれを『門に逢えばどこでも入りなさい』(『逢門就進』)といった
 ものと聞き違えたのである。そこでそのまま誰か家の門に入っていったのだが、主人はこの小人をみて、驚きのあまり
 『みろ、毛鬼神だ!』といった。この赤ん坊は、家の隅に身を潜ませてしまい、それからというものは、誰かの家を
 金持ちにしようと思うと、金持ちの家から金銭を持って行って金持ちにさせる。
 けれども、この神は一箇所に止まらずによく動くので、すぐに別の家に引っ越そうとする。だから誰かが成金になると、
 その家が毛鬼神を祀っていると言いだす。
 当時(中華民国の時代)の磧口では、毛鬼神を祀る家があったという。家に招き入れるのはたやすいが、送り出すのは難しい
 とされ、毛鬼神をいったん祀ると、祀りたくなくなっても門外に送り出すことができない。
 そうでなければ、毛鬼神は家にいて家の者を瘡だらけの病気にし、落ち着かなくさせてしまう」(238頁)

この話は説明が必要です。張四姐は「張家の四番目の姐さん」というような意味。つまり彼女は天帝と西王母との間に産まれ
た子供なので、天帝の姓は張さんということになります。西王母は伝説上の西の果ての山、崑崙山に住む女神。原著では
「西王母娘娘」といい、「娘娘」(ニャンニャン)は女神を指す言い方。『紅門就進』と『逢門就進』は、紅〈ホン〉と逢〈フォン〉が近い
音であるため聞き間違えたということを意味しています。

財運繁盛の神様は、「財神」といい、中国でもよく家庭内に神像や牌位を祀ります。『三国志演義』で活躍する関羽や、
『封神演義』で活躍する趙公明などが財神として知られています。

ところが、この記事の毛鬼神はそうした公認された神ではないのです。その特徴を列挙してみましょう。

 @ 財を得ようとした者が、あくまでも他人に知られないようにこっそり祀る私的な神。

 A 毛鬼神が当の家を金持ちにするやり方は、あくまでも周囲の家から財産を運搬してくるという手段である。

 B 祭祀される家をしばしば換えて移動する。

 C 祭祀すれば金持ちになるが、不要になっても外に出すことができず、逆に当の家の者を病気にしてしまう。

これらの特徴をもうすこし説明してみましょう。

@の特徴は、よく中国の南部に広く伝わる五通神という神が、家庭内部に秘密祭祀することによって財運を
もたらすとされる信仰などと似ていますが、特定の家が成金になった場合の説明として、周囲の家から毛鬼神を
祭祀しているといわれるという状況があるのではないかと思われます。

Aの特徴は、いわば「運搬霊」であるということ、物品の移動によって当の家を豊かにする。だから、その分
周囲の家の財産がなくなるということを意味します。神様の霊験で富ませるのではなく、あくまでも余所から
持ってくるということです。このような特徴は、中国南部の五通神の信仰伝承も同じ構造があります。

Bの特徴は、まるで日本のザシキワラシ(座敷童子)がそうであるように、家と家の間を移動するということで、
これは富そのものも家から家へ移動することを意味します。特定の家庭の財運繁栄は、その家から毛鬼神が出て
行くと共に衰運に向かうことが予想でき、つまり、家の繁栄と衰退が表裏一体という性格があるのではと思います。
C の特徴は、 祭祀すれば金持ちになるが、不要になっても外に出すことができずに、かえって当の家の者を病気
にしてしまうということ。

港町磧口では、交易に成功して成金になる商家も、失敗して衰退する商家も多かったのでしょう。港町内部での富の
盛衰と移動を説明するのにはうってつけの神であったといえましょう。
   ところで、このような「運搬霊」と呼ぶべき物品移動の霊は、日本・韓国・中国(チベット地方やチベット系各民族
も含む)など、東アジアに広くみられますが、中国の場合、これまで探索した事例では、みな中国南部から西南地方
にかけてみられ、中国北部では見つけることが出来ませんでした。今回引用した記事では、中国北部にも運搬霊の
信仰があるということがわかり、目下貴重な孤例といえるのです。東アジアの特定家庭の盛衰を語る伝承を研究する
うえで、山西の毛鬼神はたいへん面白い存在です。あるいは、中国南方からの交易の関係や人の移動などが関係して
いるかも知れませんし、また中国北方に多い動物精信仰である胡仙(キツネ、イタチなどの小動物を神として家庭内に
祀る)の信仰との関連なども検討する必要がありそうです。